2016年10月18日

現代的ネット感覚の悲しさ

ネットでこんな記事に出会った


【転職】「育ててくれた恩」とかクソだから、会社のトイレに流しちまえ。
http://www.ikedahayato.com/20161018/66507787.html


こういう効率重視のものの考え方、ネット界隈で目にすることが多くなりましたね

>「育ててくれる」ことなんて当たり前なんだから、そこに特別な感謝を抱くことはありません。

とか

>育ててくれた「親」「上司」に返したって、なんにも世の中は変わらないじゃないですか。


とか見ちゃうと、心の貧しさを感じて悲しくなります


言ってることはよくわかる


確かに恩に縛られる必要はないとは思うし、よくいる「恩を忘れるな」と言ってくる上の世代はウザい


それでも育ててもらったことは事実なわけで、僕だったら感謝の気持ちは忘れたくないし


だからこそ次の世代を育てようという気持ちにもなる


お金をもらってるからじゃない


気持ちの問題だ

(僕の場合、育ててくれた人はいっぱいいますが、その恩返しとして自分の音楽がケーナやボリビア音楽に少しでも良い影響を与えられればと思っています。昨年の南米ツアーはその最たる例。僕の恩師はボリビア音楽やケーナを愛しているからこそ僕を育ててくれたのですから)



世の中が変わらないのなら意味がない、というのもとても幼稚な発想と申しましょうか


世の中が変わらなくたってしあわせはいっぱい転がってる


心の充実が何より大切だと思うのですが




と、ここまで書いて、あっ、と思った


この記事は、特に深い意味もなく「恩着せがましい上の世代はウザい」という誰もが思ってることを小賢しい理屈で記事にしただけだということに気付きました


こんな文章の一節にひっかかって己の心を鬱屈させるほどのものでもない


この筆者はこの文章の一つびとつにそんな重い責任を感じて書いているわけではないのではないかと


なんとなく、そんな気が、でも確実に、そうなんだろうな、と思った



この人だって馬鹿じゃあないんだろうから「世の中が変わらないのなら意味がない」なんて本当に思っているわけではないだろうし、実際彼の行動すべてが世の中を変えているわけでもないでしょう


ではなぜそんなことを書いてしまったのか


そこに現代的なネット感覚の悲しさがあると思う


一つびとつの言葉に責任もなく、読んでいる人の気持ちを想像できない


こういう軽さというか、言葉の一つ一つはキャッチーだけど重みが感じられない軽薄な価値観が現代のネットの使い方が上手な人たちの間に蔓延していると感じる




こうして話題にしてしまってる時点でこのブロガーの思うがままなのでしょう


でも、少なくとも僕はこの記事を読んで悲しくなった


この人にとってはそんなことどうでも良いのかもしれないけど


勘違いしてほしくないのは「恩着せがましい上の世代がウザい」という価値観が自分には受け入れられず悲しんでいるのではない


人の心に寄り添わない現代的ネット感覚(もしくはこのブロガーの人間性)に悲しくなったのでR


最近のネットは閲覧数至上主義というか、センセーショナルな言葉を使ってとりあえずクリックさせる(SNSだったら「いいね!」を押させる)、閲覧数さえ上がれば読者がどう思おうと知ったこっちゃない的な幼稚さ・心の貧しさを感じることが多い


そして、そこに悲しさを見出す人はわざわざその記事についてネットで言及することもないから、どんどんこの思想が蔓延していく


そんなスパイラルにあると感じます


多分、昔からそういう人はいたのでしょう


でも、ネットによってそれが顕在化し、より影響力を持つようになっているのだと思います


自分が読んでて悲しくなった記事を紹介することはこれまでもなかったし、これからも無いと思うけど、今回は現在のネットの悲しい現状について思っていることを書くためにあえて紹介することにしました





こういう内容をもっと笑える文章で記事にしたいんだけど、ムツカシイね


科学と芸術とユーモアは人類の叡智ですから


おそらくわたしは、そのいずれにも欠けたこの記事を公開して後悔することでしょう


駄洒落か



ごめんね



さよなら


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