2015年08月20日

映画『インサイド・ヘッド』感想

先日、ディズニー&PIXARの新作『インサイド・ヘッド』観ました





少女の頭の中の感情がキャラクター化され、彼らの活躍と少女の成長を描く物語


もの凄く良く出来た映画で、完全に惹きこまれちゃった



僕ぐらいんなると、冒頭の少女の誕生で感情が芽生えるところからもう涙腺ヤバイですよね


なぜなら、それ自体が既に悲しみを帯びているということを知っているから


全ては移ろいゆくもの、儚いものだと知っているから


つまり、みんな死んじゃうんだもん



まあ、それはいい



この映画を見ていると少女の感情の変化が自分の人生に置き換えられ、「あのとき、自分の頭の中の感情たちもこんな感じだったのかなあ」などと嫌でも想像することになります


少女の成長の物語にオーバーラップして自分の人生が思い起こされるっつーの?


映画の作り自体が自分に置き換えて見ざるをえない作りになっていて、それが憎らしいほど上手いしズルい!(褒め言葉)


ただでさえ少女の葛藤や成長に感動してるのに、そこに同時に「あなたもこういうことあったでしょ?こうして成長していったでしょ?」というメッセージを突き付けられ、そりゃあ感動しますよ


ということは、当然「みんなこうして生きてるんだよ」というメッセージももれなく付いてくるわけで、なんだか人にやさしくなれる気がします



すごく良くできた、すごく良い映画



傑作かな?



映画の中の物語がごく自然に自分に肉迫してくるのは驚きだし、それがあくまでポップにスマートにエンターテインメントとして作られていて、大変感動しました


しかしながら小さい子供には多分理解できないのではなかろか


家族で見るのであれば中学生〜高校生くらいの子供がいる家族向けかも?


大人には間違いなくオススメです






そうは言っても?ワタクシ的にツッコミどころがなかったわけではなく?最後にその点を?いくつか?挙げると?


ネタバレにもつながるかもしれないので読みたくない人&私のような人間の戯言など聞きたくない人は


ここで、さよなら、だ





ではいきますよ?





まず、人間はそんなに感情に振り回されるか?という疑問


僕にとって感情は自分の本質ではないと感じているので、感情がすべての司令塔であるというこの映画の設定はいかがなものかと思いました(もちろん映画を観ているときは「この世界はそういう設定なのね」と理解して受け入れているので観劇自体に問題はないですが)



次に、頭の中で崩壊したり忘れ去られたりしたものが復活するのって、ナシじゃね?


やっぱり取り返しのつかないことってあると思うので、その厳しさを描くためにも「崩壊」ではなく「停止」にしておいて欲しかった



そして、感情のキャラクターがその役割以外の感情を持つのって、おかしくね?


例えば、劇中で「ヨロコビ」というキャラクターが泣くのですが、それは設定がブレてる感じがしてわたくしちょっと冷めます、その状態で脳内コンソールを動かしたらその人はどういう行動をとるのでしょうか?



とか、いろいろ、まだ疑問点はいっぱいありますが、長くなるのでこのあたりでやめておきます




なんだかんだ言いましたが、素晴らしい作品でした




映画って、本当に素晴らしいものですね






さよなららら
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