2017年05月23日

山籠もり三日目〜最終日

山籠もりは三日目を迎え、そして四日目の最終日へ




先日も言ったように


そもそもこの山籠りで当初感じたかったことは「笛を吹かずに笛を吹く
に書いてあります


空間と調和し、山と一体となることを目指したわけです


でも、山と一体になれた実感は最後まで無く、三日目の夜には、これは難しい挑戦だったなあ、と思っていたのです


考えてみれば山とは沢山の生命の集合体であり、動物は動物として、木は木として生きていて、それ以上でもそれ以下でもない


いわばそれが調和なのだろうと思いました




最終日、最後にもう一度笛を吹いて下山しよう、というとき


笛を吹きながら僕は気づきました


思えば山は最初から僕を人間として扱ってくれた


山は僕に人間の根元的な恐怖や不安、孤独を感じさせてくれました


僕は人間であらざるを得なかった


山と一体になんてなれない


動物が動物として、木が木として生きるように


この四日間、僕は人間として間違いなく山と共に生きたんだ


それは山が最初から何も言わずに教えてくれていたことであり


つまり


僕は最初から調和していたのだ


なんということでしょう


大きくて豊かでやさしくて厳しい山


圧倒的感謝




思い返せば、生まれた時から、小さい頃も、僕は人間だった


僕は人間だ


ありがとう


とにかくありがとう


山に、動物たちに、木に、笛に、自分に、今まで出会ったみんなに


ほんとうにありがとう

山の中でアイルランド民謡を歌う

山籠もり中は、歌いたくなった曲、吹きたくなった曲をただひたすら歌い、吹いてました


もちろん既存の曲じゃなく即興で歌ったり吹いたりもしてたわけですが


これは曲




アイルランドの民謡


この曲が昔から好きででー


この森の空気の中で歌いたくなったのー




自分がケーナ奏者なのか、歌手なのか、南米音楽の人間なのか、何なのか、何の枠組みにおさまるのかどんどんわからなくなっていってます


もともと自分はそういう面が強いのだけれども、最近特に自分がやりたいことをやればやるほど、素直に生きていればいるほど、何にもカテゴライズされない自分というのがいて、同時に僕の内側にある「何か」もどんどん巨大化している気がしてます


いよいよ説明がつかない


僕が何者であるか、それは他人が決めることだしその意見も人によってバラバラで良いと思うのだけれど、こと音楽を仕事にしていると、やれプロフィールだ、やれジャンルだ、と、どうしても言葉で説明しないといけない部分が多く


悩ましい


最終的には、プロフィールが


「人間」


になるかも


ウケる




でもそれは真理だと思う


人間の数だけジャンルがあると思うから