2017年03月09日

地面と足跡の哲学

わたくしたちは普段、何気なく道路を歩いていますが


地面がそこにあることを意識していません


20170309045329137.jpg


↑この図からもわかるように


結果的に足跡以外の地面は歩くためには必要とされませんでした、利用されませんでした


でも本当に踏みしめた場所以外の地面は必要なかったのでしょうか


20170309045605124.jpg


↑もし、足跡として使われたところ以外の地面が無くて、奈落の底まで届く谷であったら


この足跡の通りに歩くことが出来るでしょうか


普段は意識せずに鼻歌まじりに歩けるのだから、本来なら何も考えず同じように歩けるはずなのに…


途端に歩けなくなりますね




と、いうように


歩くためには、踏むところよりも踏まないところが大事なようです


もちろん地面を踏みしめることによってわたくしたちは歩いています


でも、歩くために必要とされない・利用されない地面の存在がわたくしたちを歩ける状態にしてくれています


逆説的ですがね





不必要が必要


音楽にもそういった音、パート、役割、あると思います


きっと、音楽以外のあらゆることにもそういったことがあるんだろうな




不必要がわたくしたちを無意識の世界へ導いてくれているのかもしれない


そんなことを考えました




え、オチ?


無いですよ?




ウケる





さよなら