2016年11月15日

笛を吹かずに笛を吹く



先月、映画『シーモアさんと、大人のための人生入門』を見た


内容は動画の予告編を見ていただくとして


僕が印象に残ったのは、シーモアさんの「音楽をしているときの自分とそれ以外の自分が一致すると果てしない充実感に包まれる」という言葉


これはまさに僕がこの数年の課題として抱えている大きな問題でありまして


音楽をしている時間は一言で言えば最高で、過去も未来もお金も評価も地位も名誉も思想も人種も宗教も関係ない、あらゆるものから解放されて魂が気持ち良く空を飛んでるように自由になって本当に幸せを感じるのだけれども、それ以外の時間でそこまでの魂の解放・幸せを感じることは難しい


でも僕は音楽をしている時間のような幸せな時間を音楽以外の時間でも感じていられるはずだと確信している


音楽も人生の一部なのだから、一部が最高なものに出来るのなら全体を最高にすることも出来るはずだ、と


そういうイメージが浮かんじゃったから、そこに向かうよりほかない



ある人は言った


「マイナスがあるからプラスを感じられるのではないか、不幸があるから幸福を感じられるのではないか」


その意見を僕は否定する


不幸があるから音楽で幸福を感じているわけではない


音楽のあの多幸感は絶対的なものであり、無条件に与えられるものであり、相対的なものではない




で、具体的に音楽の時間とそれ以外の時間をどう一致させていくか、という問題


笛を吹いているとき、僕は何を感じているのか


その感覚を笛を吹いてないときにも感じていれば良いのではないか


つまり


笛を吹かずに、いかに笛を吹くか


これだ


その域に達するために、今度時間を作って山籠もりして昼夜問わず徹底的に笛を吹きたいと思う


自分を自然の世界に追い詰めて(解放して)情報や生活から隔離し、その状況で笛と同化することで空間と調和した自分を見つめ、その感覚を身体と魂に徹底的に叩き込む必要がある


何日間の山籠もりになるかわからないけれど


やりたい


やらなければならない


もちろん、現在の普段の生活やライブでも、より感覚を研ぎ澄ませている最中であることは言うまでもない