2014年06月12日

なんとなく思いつくままに書いた

音楽についてなんとなく思いつくままに書きます


結構長いので興味のない方はスルーしてください


ではいきます





音楽は


国境や人種や思想はもちろん


肉体までも


あらゆる自己と他者との隔たり・境界を取り去ることができるのが素晴らしいところだと思う
(音楽だけじゃあないけれども)


その状態へ狙って行くことはなかなか難しいけれど、稀にポンと行けることがある


そうなると全ての魂が一つになり、過去も未来もない、この今という瞬間に気持ち良さをみんなで感じることができる


それこそがハッピネス




そんな音楽を競争の道具に使うのは


勿体ないというか


音楽の素晴らしさの逆というか


あえて自己と他者の隔たりを作ってしまっている感じがする


競争したいなら音楽に持ち込まずに別のことでやれば


と思うのだります



でもそもそも


競争で勝ったから、それが何だっていうんだ


「相手」より「自分」が「優れている」もしくは「劣っている」


それが何だっていうんだ


個人的には、まったくくだらんことだと感じます



それはしあわせとは一切関係ないよね


資本主義が生んだこの競争社会


僕は音楽をするときはそこから無関係でいたい、と思う
(結果的には音楽だけでなく、普段から無関係でいることになるんだけれども)



だって



夕焼けは、誰かに勝ちたくて、誰かに評価されたくて、あんなに美しくなってるわけじゃあないでしょ


赤ちゃんは、誰かに勝ちたくて、評価されたくて、あんなにかわいい笑顔を見せてるわけじゃあないでしょ


僕の音楽もそんな美しい景色や赤ちゃんの笑顔のような作為のない自然なものでありたいし、その結果として美しさを伴っていたい


いや、もっと言うと


作為なく自然でいることが自分が出来うる最大限に美しいものを生み出す唯一にして最大の方法であるはず、と信じている


要するに、自分を信じるよりほかないんや


何が自然か、何をもって作為がないと言うのか、美しさとは何か、というのはまた別のお話

(ざっくり言うと、自然で作為が無いというのは己の魂に嘘をつかず忠実である、ということで、美しさというのは気持ち良さ、ということでしょうか。つまり、己の魂が気持ち良ければ表に現れるものも気持ち良いものであるはずだと信じてるっちゅうこっちゃ。逆にいうと、己が出来うるかぎり最大限に気持ち良いものを生み出すには己の魂が気持ち良くあることが唯一にして最大の方法だと思ってるっちゅうこっちゃ)



これは、わたくしがそう思っている、というだけで正しいとか間違っているという話ではナイヨ



違う考えの人もいると思います



ともかく、わたくしはそう思ったり思わなかったりしてるざます



思ってるんだけどね





さよなら