2014年03月03日

空間に浸透する音

今日は思いつくままに書くよ


興味のある人だけ読んでね


それでは行きます





昨日の記事でちょっと書いた


音が空間に浸透していく


ということについて




音とは


響きであり


振動であり


なおかつ自分自身そのもの




実は


音を出しているとき、自己・自我は無くなり


音そのものになります



この世界とこの肉体の境目がなくなり


私は響きそのもの、振動そのものとなります


振動となった私はどんどん広がっていき


空間全体に染み込んでゆきます


聴いてる人もテーブルもコップも


そこにある一切を振動で包み込んでゆきます


その振動はもちろん気持ち良いので(気持ち良い音だから)、その空間にいる人は振動を感じるだけで、理屈ではなく無条件に気持ちよくなってしまうっちゅうこっちゃ



この無条件の気持ちよさ―僕においては振動というもの―が、僕の言うハッピネスというものの正体です
(僕は「振動」だけど、絵画とか料理とか分野の違いによってハッピネスになるものも違うのでしょうか)



これは結構難しくて


良い演奏をしよう、とか、ウケよう、とか


自我・我欲があるとできません


「結果」を考えてしまってはできないんです



「ただ、この今」出す音に100%集中して初めて、自我が溶けて己が振動となって空間に浸透していきます


この一音に集中しつつ音楽を成立させる


でも音楽は過去から未来へ連なる物語ですから、今この一音だけでは成立しません


むつかしいですね



今に集中しながら、それが結果的に過去から未来への自然な流れを紡いでゆく


と、書いてみて、別にむつかしくないじゃん、と思っちゃった


今が自然であり続ければ過去から未来も自然なはずだもんね


よかったね




これにはっきり気付いたのは去年の5月、何の目的も決めずひとり旅に出ていろんなところで演奏したとき


何時間も街で音に没頭して吹いてたらこの感覚がやってきました


自我がなくなると同時に


自分は振動となり、空間に広がってゆく


私は空間になりました


もはや人間ではない



今まで肉体を通してしてた認識(観る・聴く・嗅ぐ・考えるetc)は無くなり


音が届いている範囲での空間が、私の認識の場になるのです


だから、その空間にいる人や物がどんな感覚でいるか、わかりましたね


それはもう気持ち良い振動に包まれてるから、みんな気持ち良さそうでしたよ


立ち止まりはしないけれど、通り過ぎてゆく数十秒間、みんな気持ちよくなってたよ


その、お金でも評価でも地位でも名誉でも知識でも人種でもない、無条件の気持ちよさ


これが本質だと


そのとき思ったのです


今もそう思います



でも、これがいくら気持ち良いからといったって


これを「狙って」はいけない


この感覚をまた味わいたい、と思った時点で


それがすでに我欲


すでに過去にとらわれている


アウツ


むつかしいですね


常に今


100%、今しかないんや




去年のひとり旅では、以上のようなことを感じました


僕にとっては幸福観が変わった、とても重要な旅でした


今まではしあわせとは主観的なものだと思ってたけれど、違ったんです


本質的なしあわせとは空間であり、普遍的で誰もが無条件に平等に感じるものだったんです




一人旅、今年も6月くらいに行きたいと思ってます


どこにいこうかな


そのとき、自分の心はどこを向いてるでしょうか


聴こえてくる心の声に従って


吹いてくる風に流されて


いきますよ





長くなったね


しかも人様にお見せするような内容なんだろうか


怖いから読み返さないでアップするわ




さよなら