2011年08月31日

Tierra Cuatro@柏WUU

今日は柏WUUでTierra Cuatro(ティエラ・クアトロ)のライブでした。

お越しくださったみなさま、ありがとうございました。

ティエラ・クアトロは柏WUU初出演。

この柏WUUは音響が大変良く、前々からとても楽しみだったのだけれど、案の定とても気持ち良かった!

ピアノもスタインウェイで、上野山英里さんが気持ち良さそうに弾いておりました。

ティエラ・クアトロは9月末のレコーディングへ向けて気合も入って、サウンドもますます引き締まってきた。

メンバーの皆さん本当に素晴らしい。感謝。ありがとう。申し上げたい。

次回のティエラ・クアトロのライブは9/27(火)大塚GRECOにて。

まさにレコーディング直前のライブ。応援に来てね。

この3日後からレコーディングが始まるのだります。うひょー。

や、やべえ。


記念撮影
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左から、海沼正利さん、上野山英里さん、わたくし、小畑和彦さん


さて、明日はNHK−BS『エル・ムンド』に出演します。

ギターの笹久保伸くんとデュオ。

23時から。観れたら観てみてね。

2011年08月30日

秋山羊子さんと初共演でした。

昨日、28日は西荻窪サンジャックでシンガーソングライター秋山羊子さんと初共演。

いやあ、楽しかったなあ。

羊子さんのブレない芯の強さ、感性の鋭さ、そして存在で世界を作ってしまうというあの“在り方”。

感じました。ライブ中、ビリビリと、感じておりました。

素晴らしかった。



明日30日は充実の音空間、柏WUUでティエラ・クアトロです。

ティエラはレコーディングを9月末に控えて、気合入っております。

お近くの方もそうでない方も、お待ちしてます〜。



それと、

31日と2日はNHK−BS『エル・ムンド』に出演します。

23時から。そちらも観てね〜。

2011年08月28日

今年最後のとぽけろっちぇでした。

26日(金)は草加シュガーヒルでとぽけろっちぇのライブでした。
雨の中たくさんのお越し、ありがとうございました!

実はこのライブで今年のとぽけろっちぇのライブは最後。

事情により少しだけお休みします。


演奏しながら、1曲1曲が感慨深かった。

今年はとぽけろっちぇにとって、3人にとって、いろんな意味で大きな年だった。

いろいろあったなあ。波乱万丈すぎ。

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すっかり今年の総括モードになってしまったけど、

年が明たら、また会おう!それまで待っててね!

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2011年08月26日

NHKのリハでした。「現代ケーナ」と「土着の音楽」について(超長文)

昨日はギターの笹久保伸くん、サンポーニャの青木大輔くんとリハーサルでした。

テレビで演奏するので、そのためのリハ。

来週、NHK−BSの『エルムンド』という番組に出演・演奏します。

僕の出演は2回。

8/31、笹久保伸とデュオで。

9/2、笹久保伸と青木大輔とのトリオで。

伸くんは月曜日から金曜日までの1週間、ソロやギターとのデュオなど、違った形で演奏する模様。

23時からの番組。オープニングと、あと番組内のどこかで演奏します。



ところで最近、笹久保伸と新しい研究を始めた。

アウトクトナというアンデス土着の音楽の勉強・研究。
(「土着」と言っても厳密にはスペイン入植以前の純粋なアンデス発祥の音楽というものはもはや残ってないのかもしれないのだけれども。)

これを始めた理由の前に、説明しておかなかればならないことがある。


僕が普段吹いている楽器「ケーナ」について。

ケーナは言わずと知れた、アンデスの民族楽器。

だけど、太古の昔から現在のような形だったわけではない。

現在の形になったのは50〜60年くらい前のこと。

それまでは調律も不安定で音階も限られていたものが、当時の演奏家によって指穴の大きさなどが調節され、西洋音楽に対応できるように作られたのだ。

これを便宜上「現代ケーナ」と呼ぶことにする。

僕が日々探求を続けているのは、この現代ケーナ。

これはアンデスの音楽だけでなく、様々な音楽に対応するために作られたものなのである。

そう考えると、現代ケーナはアンデス音楽のみを演奏するもの、という考え方は楽器の誕生した経緯を見るとあてはまらない。

逆に、現代ケーナでアンデス音楽以外のものを演奏するのは当然の流れと言える。

現代ケーナでロック、ポップス、ジャズ、クラシック、現代音楽、タンゴ、ボサノバ、日本の民謡、アニメソング、、、なんでもアリだと思う。

逆にナシだとしたら、例えば現地の古い歌曲をケーナにアレンジするのはアリ?ナシ?

境目はどこ?

境目は無い。

現代ケーナは演奏する曲やジャンルが限定される楽器ではない。


ただ。

そこで重要になってくるのは、ケーナの「音」。

ここで言う「音」というのは、単なる耳に聞こえる音だけでなく、歌いまわしや身体の使い方なども含めたもの。
つまり、「どうやって音を発するか(発音)」ということ。
一言で言うと「伝統」とも言えるものかもしれない。

この「音」が無ければケーナで演奏する意味が無い。

ここにこだわりが無ければ、わざわざケーナでやらなくても、フルートでもリコーダーでも良いわけで。

ただ音を出すのではなく、いかに「ケーナの音」を持って新しい音楽を切り開いていくか、というのが現代ケーナに課せられた課題。
(「音」と「開拓」。これが両立していないと現代ケーナは楽器として存在する必要が無くなり、歴史に埋没していってしまうだろう)

この「音」を外国人が体得するには、なにも現地へ行けば良いというものではない。
もちろん現地へ行くことは大きな経験になるしそこから学べるものも多いけど、重要なのは何より、身体の使い方を理解し、完全にコントロールすること。

ケーナの音は風なので、出したい音を出すにはその音になる風を出せば良い。
物理的な身体の機能・動きを理解しコントロールすることで、その風は出せるようになる。

(もちろん、現代ケーナも国や地域によってスタイルは異なります。例えば、ペルーやボリビア、アルゼンチンでは身体の使い方はそれぞれ全く異なります。ちなみに、僕のスタイルはボリビア。)

僕はこれまでの活動の中でこの「音」に気がつき手に入れることができたので(今でもそれに磨きをかけて、より洗練されたものにしていくために研鑽を積んでいる日々ですが)、これでもって新しい音楽を生み出し、現代ケーナをより高みへ持ち上げられるような仕事がしたいと思って活動している。

つまり、
「ジャンルとか関係ねえ。ただ、現代ケーナを吹くからにはその「音」を出す!その上で良い音楽を作る!」
というのが僕のスタンス。

現代ケーナのために、僕がみなさんに言いたいのは、
音楽家や評論家などの音楽に携わる人、そしてケーナ好きのリスナーには、ケーナの「音」を知ってほしい。それを聴きわける耳を持って欲しい。
そして、プロ演奏家を目指す方はもちろん、ケーナ愛好家にはその「音」を出すための努力を惜しまないでほしい。
ということ。これは他の楽器では当たり前のこと。

演奏家がケーナの「音」さえ持っていれば、あとは各々の判断でやりたいことをやれば良いと思う。
「アンデスの音楽ではないものをやってはダメ」ではないし、
「ケーナでこんなジャンルの曲が吹けてスゴイ」でもない。
何をやるにしても大切なのは「音」。
「音」を体得した上で色々やってみるのはとても有意義で素晴らしい挑戦。
あとはリスナーが好みのものを聴けばいいと思う。

ケーナは歴史が古いけど、「現代ケーナ」はまだまだ新しい楽器。

この楽器のキャンパスは、まだ余白の部分の方が断然広い。

この広い余白に、「音」で新しい彩りを加えて行きたい。

(最近、責任感だかなんだか知らないけど、ケーナのために自分に何か出来ることはないか、と思うようになってね。本当は音楽だけやってたいし音楽で全て表現したいと思ってて、言葉にするのは好きじゃなかったんだけど、考えたことは発言しないと伝わらないとも思うようになってきた。この楽器についてこのような発言をしないといけない現状というのは悲しいけど、現に今そういう状態だから仕方が無い。誰も言わないなら自分が言うしかない。別にケーナ奏者を代表して発言してるつもりは無いし代表したくもない。個人的な意見です。自分がこれだけケーナと一緒にいるとこの楽器の自由さと不自由さを嫌というほど感じるけど、僕はもはやケーナとは切っても切り離せない身体になってしまった。誇張ではなく自分の身体の一部。一蓮托生。どこへ行っても、何をやっても、仮にケーナを持たずにステージに上がったとしても、僕はケーナ奏者なんです。この事実は死ぬまでつきまとうだろうし、その覚悟もある。だからこそ、ケーナのために自分に何が出来るか、深く考えるわけです。何よりも、自分を大きく成長させてくれたケーナに恩返ししたいっつーの?)



で、ようやく。

はじめのアウトクトナという土着の音楽を勉強し始めた理由に戻ると。

僕は現代ケーナについては色々な奏者の演奏を聴いてコピーもたくさんしたし、勉強もしてきた。

それは主にクリオージャ音楽という、ヨーロッパと南米が融合した音楽だった。

でもそれ以前のアンデス土着の音楽については、知識では知っていたしたまに吹いたりしたこともあったけど、本質的なところではあまり勉強していなかった。

この音楽には現代ケーナは使われず、色々な楽器が使われる(ケーナ型の楽器もある)のだけれども、これらの「音」、そして音楽の構造を知りたい。

これを勉強・研究し、構造を理解してコントロールできるようになれば、自分の音楽にも活きてくるはず。

この語法を使って作品を作ることができたら最高だし、そうでなくても自分の音楽の深層の部分に良い影響は必ずあるはず。

ということで最近、笹久保伸と手分けしていくつかの曲を採譜している。

これがえらく難しくて!

笹久保伸は丸二日かけて1つの曲を採譜した結果体調を崩し、「この音楽に殺されかけた」と言っていた。

でもその労力の甲斐もあって、お互い数日勉強しただけでも得るものは沢山あった。


今度のNHKとは別の日に、笹久保伸と青木大輔とトリオで演奏する機会があるのだけれど、さっそくシーク(サンポーニャ)の合奏を今回学んだ技法でアレンジして、昨日のリハでやってみた。

本当は大人数でやるものなのだけれど、無理やり3人用に。
したら、それだけでもかなり効果的なものが出来た。

こうなってくると、がぜん面白い。

新しいことを学べるというのは楽しいのう。

わたし、勉強嫌いだったはずなんだけどなあ。

もっと色々知りたい。全ては良い音楽を作るために!

2011年08月25日

ライブ&リハ

23日の月曜日は西荻窪サンジャックで青木菜穂子さん(ピアノ)、智詠くん(ギター)とトリオでした。
お越しくださった皆様、ありがとうございました。

この組み合わせもかれこれ4〜5回目?

2〜3ヶ月に1度のペースでライブを重ねてきて、かなり良い感じになってきました。

レパートリーはオリジナルとアルゼンチン周辺の音楽という方向へ自然と傾いてきているけど、それでも何か一つの色に固着することなく、豊富な彩りを味わえるライブになってきていると思う。

今回も楽しかった〜。


さて、今日はシンガーソングライター秋山羊子さんとリハーサルでした。

秋山さんとは今回が初共演。

彼女の歌と曲、独特な世界に入り込んで何が出来るか。何が出てくるか。

僕の中の何が呼び覚まされるのか。

楽しみ!

本番は28日、これも西荻窪サンジャックです。

2011年08月20日

ライブ3連チャンでした。

17日のチッタデッラ川崎に続いて、18日は関内BarBarBar、19日は大塚GRECO。


18日、関内BarBarBarには初出演でした。

会場はほぼ満席の大盛況、たくさんのお越しありがとうございました。

富士からお越しくださった方もいらっしゃって、うれしうございました。

UNOさんとは今回が初共演、その熱いサウンドにエネルギーをたくさんいただきました。

また何か今後につながっていきそうな予感。

新しい出会いに感謝!


そして19日はおなじみの大塚GRECO。

ピアノ上野山英里さん、エレクトリックベースやぢまゆうぢさんとのトリオ。

雨の中お越しくださってありがとうございました。

英里さんとやぢまさんは上野山英里トリオで何年も一緒にやっているので、流石バッチグーなコンビネーションでした。

僕はやぢまさんとは2回目の共演。

調べたら意外にも1年ぶりの共演だった。全然そんな感じしなかったけど、そんなに前だったのか。
もっと頻繁にご一緒したいぜ。
素晴らしいゆえにな。

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左からワタクシ、上野山英里、やぢまゆうぢ

2011年08月18日

チッタデッラ川崎でティエラ・クアトロのライブでした。

今日はチッタデッラ川崎の『Jazz La Cittadella night♪』というイベント。
上野山英里さん(ピアノ)、小畑和彦さん(ギター)、海沼正利さん(パーカッション)、そしてリーダーわたくし山下。この4人によるバンド「ティエラ・クアトロ」が出演しました。

暑い中、足を止めて聴いてくださった皆様、ありがとうございました。

とても集中して聴いていただいてしかも反応もすこぶる良く、たいへんうれしうございました。


ステージはこんな感じのすり鉢状。

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それにしても暑かった。

汗でドテドテ。汗ダルマよ。

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18時〜19時まで演奏したのだけれど、その一時間の間に日は落ち、すっかり暗く…。

最終的にはこんなに暗く…、夜のしじま…。

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演奏してるときはわからなかったけど、こうして写真で見ると素敵なライティングッ!


ライブは無事終了。

こんなに早くライブが終わることも珍しいので、終演後メンバーでイタメシ食べた。

写真を撮ったらイタリアのホテルのようなしゃれおつ感が出たのでアップ。(イタリアには行ったことないけど。)

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こうして4人で食事したのは初めてだなあ。

素晴らしきメンバーのみなさまにも感謝!

2011年08月12日

とぽけろっちぇ@西荻窪サンジャック

今日は西荻窪サンジャックで「とぽけろっちぇ」のライブでした。

客席は満員の盛況!お越しくださった皆様、ありがとうございました。


とぽけろっちぇは約1ヶ月ぶりだったけど、やけに久しぶりに感じた。

親しみやすくて楽しくて屈託の無い音楽。

メンバー3人の人間性がこのバンドの音にそのまま現れているように感じる。


演奏する3人。
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歌う3人。
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今日も楽しかった!


実はとぽけろっちぇは諸般の事情により、ライブは8月いっぱいで少しお休みすることになっている。

そのため、サンジャックでのとぽけろっちぇライブも今日が今年最後。

また来年に入ったくらいから活動を再開する予定なので、そのときまで待っててね。

再開したらまたエネルギッシュにやっていきます!


お休み前の最後のライブは8/26(金)草加シュガーヒル。

これを逃すと何ヶ月か見られなくなってしまうので、とぽけろっちぇファンは是非。

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2011年08月04日

初デュオ。そして「ケーナ」について。。。(超長文)

今日は西荻窪サンジャックにて、ギタリスト大柴拓さんと初共演でした。

突然スタジオレダの水谷さんが聴きに来てくれてびっくり。

水谷さんには僕の2枚のアルバム『One day One life』と『Topo Quartet』のレコーディングエンジニアを務めてくれたお方。

久しぶりにお会いできて嬉しかった!


そしてライブは…、

熱いライブだった!

お互い曲を持ち寄って組んだレパートリー。

大柴さん、僕が持ち込んだ曲をすごく良い感じで弾いてくれて素晴らしかった。

そして大柴さんのオリジナルはとっても雰囲気ある曲でした。
テクニカルな難曲かと思いきや、取り組んでみたら意外と簡単で歌いやすかったぜ。


でも実際、簡単な曲なんて無いけどね。

技術的な難易度を越えたところに音楽の本質はある。

難しい曲をやる事が凄いのではなく、良い音楽をやる事が凄いんだと思う。

僕は「ケーナでこんなことが出来て凄い」ということには興味は無く、ただ良い音楽を作ることに興味がある。

技術はあればあるに越したことはないし、日々磨きをかける必要があるけど、技術は手段であって目的ではない。


ケーナで色々な音楽を吹いていると技術的に難しいことはたくさんある。

だけど、僕は楽器のせいにはしないと決めている。

プロとして演奏しているわけだから楽器を扱えて当然だし、音楽が出来て当然。

それがスタートライン。

その上でケーナで色々な音楽を作りたいし参加したい。

「これは無理」とか「ケーナはこういう楽器だからこれはやらない」とか、口が裂けても言いたくない。

自分で選んだケーナという楽器の可能性を自ら狭めたくない。限界を自分で決めたくない。

歌えれば吹ける。歌えるのに吹けないのは練習が足りないだけ。これが僕のモットー。


ケーナはプロの音楽家にすらどんな楽器か知られていない現状がある。

まずケーナの音がどういう「音」か、それすら知られていない。

民族楽器としてだけでなく新しい魅力的な音楽を作れる可能性のある楽器だという事を知って欲しい。

今、僕は共演者の曲を演奏させてもらったりして、それぞれの現場でケーナの可能性を示しているつもり。

そして同時に自分自身を表現をすることで、ケーナの「音」はこれだ!と示しているつもり。


楽器の可能性が認められて色々なシーンで使われるようになれば、仕事も増え、奏者も増え、より楽器の奏法・技術は発展し、より良い音楽が生まれるはず。

いろいろなスタンスがあると思うけど、現在僕らプロのケーナ奏者には、この流れの最先端でケーナの可能性を切り開いていくという役割が一つあると思う。

少なくとも僕はこの道を歩んでいる。

こんなにやりがいがあって楽しい仕事はないよ。MAJIDE。

もちろん、現地の音楽をとことん研究してそれを極めるのも素晴らしいと思う。
(このあたりのことは過去の日記、『「雨上がり」と「フォルクローレ」について(超長文)』に記述。)


これからプロのケーナ演奏家になりたいと思う人は、いきなり好き勝手に新しいことをするのではなくて、まずケーナのことを勉強してよく知ってもらいたい。

まずはケーナがどんな楽器なのか。どうすれば一番魅力的な音が出るのか。それをちゃんと勉強してもらいたい。

(他の楽器なら常識だけど、悲しいことにケーナはそうではない現状がある…)

それは楽器の特性や歴史的背景を無視しては通れない。

つまり、現地の音楽をしっかり勉強することが重要。

ケーナの魅力が詰まっていて最もシンプルに活かされているのは、アンデス音楽。

そのルーツを自分の身体に染み込ませないかぎり、ケーナの魅力を活かしつつ新しい音楽を作ることは出来ない。

さきほど「楽器を扱えるのがスタートライン」と書いたけれども、この現地の音楽を学び、ケーナの「音」を体得しない限りケーナを扱えるようにはならない。

だってその「音」を出せない限りケーナの魅力を充分に発揮させることは出来ないのだから。

他の分野だってそうだ。

コンテンポラリーダンスだって、ダンスを学んでない人間が「新しい自分だけの表現だ」と豪語して好き勝手踊っているだけではただ無様なだけで、まず「持たない」。

まずはバレエなり古典をしっかり学んで自分の身体のことを知り、どうしたら美しく見えるかを熟知した上で新しい表現を模索しなければ、魅力のあるものは生まれない。

ケーナもそれと同じ。

これまで脈々と積み重なってきたケーナの歴史、それを受け継がなければその先には行けない。

音楽(音楽だけじゃなく、文化というものすべて)における自分というのはそういった大きな流れのなかに存在している。
(このあたりのことは過去の日記『文化継承っつーの?』に記述)


ケーナにはケーナの身体の使い方があるので、まずは自分の身体をケーナの身体にしてもらいたい。

その答えはアンデス音楽に凝縮されている。

よくフルート奏者やリコーダー奏者がスタジオでケーナを吹くことがあるけれど、やはり不思議なものでフルートやリコーダーの音になってしまう。

それはそれで彼らにしてみればそのとき限りの仕事だから問題ないのだろうし、そもそもそれぞれの楽器の使い方を熟知してその楽器の身体を持ち「帰る場所」があるからいいけど、ケーナを自分の楽器としてやっていくと決めたのならまずはケーナの身体になってケーナの「音」を出せないと根無し草になってしまう。それはかなり恐ろしい状態と言える。

宙ぶらりんで自分の人生を送っていくのは危険なこと。

そして何より、ケーナ奏者としてケーナを吹くなら、ケーナの「音」を体得する義務がある。

例えばギターを扱えないギタリストにお金を払って演奏を聴かせてもらおうとは誰も思わない。

それはケーナも同じこと。

ケーナの「音」を出せない、ケーナを扱えないケーナ奏者が良い音楽を作れるはずもない。

もしそれでよしとするならば、それはケーナという楽器をナメているし、大変失礼な話。

だから、これからプロを目指す人にはまず現地の音楽を勉強し、体得してもらいたい。

それが、スタートライン。


とはいえ、大変なのは

ケーナを勉強したからといってプロでやっていけるとは限らないということ。

ケーナはまだまだ無名な楽器。需要も少ないので、自分で切り開いていかねばならない。

そこまでケーナに情熱とリスクをかけられる覚悟が無いのなら、プロの道はオススメできない。

でも、それでもやっていきたいという情熱と愛を持った演奏家が出てきたらうれしい。

同志としてライバルとして一緒に成長して一緒にケーナを発展させていきたい。


そんなやつがいたら、一緒に飲みながら語り合いたいものよのう。(飲めないけど)。