2011年06月12日

文化継承っつーの?

漫画、荒木飛呂彦先生の『ジョジョの奇妙な冒険(スティールボールラン)』と福本伸行先生の『カイジ』の最新巻を買った。

僕は漫画をたくさん読むわけじゃあないんだけど、この2つは欠かさず買い、愛読している。

作品が面白いのはもちろんなのだけれど、それよりも何に感動するかというと。
過去に生まれた漫画作品を土台に、そこからさらに漫画というものを前進・発展させているところ。

例えば具体的に言うと
漫画の前進に大きく貢献した手塚治虫先生が到達した地点。
この到達点を基準・土台に、大友克洋先生(『AKIRA』など)、鳥山明先生(『DRAGON BALL』など)、浦沢直樹先生(『20世紀少年』など)たちがさらに漫画を前進させた。
荒木先生や福本先生もその一員で、紛れもなく漫画というものをより高みに導いている。
(もちろん各作家の作風は違うけれど、共通しているのはそれぞれの作家がそれぞれ内なる魂を見つめて、自分たちに合ったテーマ・表現方法をとことん掘り下げているように見えるところ。)

そして今、さらにそこを越えてゆく若い漫画家たちが登場している。

えらいよ。
文化継承っつーの?

こういう作品に触れることはとても気持ち良い。勇気わいてきます。

自分もそうありたいと自然に思える。


あえて言おう!「僕はこれを音楽でやりたい!」と!

過去の人類が到達した地点をさらに越えるような仕事を。
新しい人類の基準点を作りたい。
エポックメーキングとでも申しましょうか。

人類の登る山に次のくさびを打ちこむのだ。


「越える」と言っても、過去の人間に勝つとか、打ち負かすとか、そういうことではない。
前のくさびはその人が全身全霊で打ちこんだくさびであり、僕には絶対に出来なかった仕事。
一つ一つのくさびに最大限の敬意を払いつつ、それは次のくさびを打つための土台となる。
そして、より高みへ登る。

音楽を、自分が前進させる。

今度はまっさらな山肌に、自分がくさびを打ち込むのだ。
その段階では、もはや過去の人間との比較ではない。
今、自分と誠心誠意向き合い、自分を信じて、自分が決める。どこにくさびを打つのかを。
これこそ尊敬する漫画家の先生方(漫画家だけでなく小説家、スポーツ選手、ダンサー、料理人など…、表現する者すべて)がやっていること。
それは自分との戦いで、自分にしか出来ない仕事。

それを、やる。やっていく。これからも。

恐ろしいし勇気が無いと出来ないけど、めちゃくちゃやりがいはあるし、めちゃくちゃ誇らしい。

僕は、人間たちの連なり(歴史)の一部であることを自覚して、出来ることの最大限をもってぶつかっていくのみ。

これが表現者ってもんでしょ?